ともぴーたちの幼稚園、年長さんはお出かけが多い。昨日は岐阜市科学館へプラネタリウムを見に、そして、今日は岐阜市民会館へ劇団角笛のシルエット劇(影絵劇)を見に連れて行ってもらった。
今年の演目は「やさしいらいおん
」と「こぶたのマーチ」。「やさしいライオン」は、以前、今日の絵本としてこのブログでも紹介しているし、ロングセラーのお話だから皆さんご存じかもしれない。みなしごのライオン「ブルブル」とそれを育てた犬の「ムクムク」のお話だ。ムクムクの愛情をいっぱい受けて育った優しいライオンのブルブルは、やがてムクムクと引き離されてサーカスへと送られる。そして、ブルブルはサーカスで一番の人気者になっていく。でも、ムクムクのことは片時も忘れたことがなかった。ある晩、ムクムクの声が聞こえたような気がしたブルブルは、サーカスのオリを破って逃げ出した。走りに走ってやっと見つけたムクムクは弱って死にかけていた。「ずっと一緒だよ」とムクムクを抱き上げたブルブルだったが、危険なライオンと勘違いした人間たちが鉄砲で撃ってしまう。その夜、空にはムクムクを背中に乗せて走るブルブルの姿が見られた。この優しく切ない話は、わたしも小さいときに映画で見て泣いた覚えがある。わたしが見たのはやなせたかしさんのアニメ映画だったけれど、影絵だとどんな風になるんだろう? わたしも見てみたかったなあ。
「こぶたのマーチ」の方は、ともぴーの話によるとこんな感じ。こぶたのルーは楽しいことが大好き。でも、ラッパ吹きのお父さんは、ルーに毎日ラッパのおけいこをさせた。その教え方がとっても厳しかったので、ルーはだんだんおけいこするのがいやになってきて、ある日とうとう家を飛び出してしまった。その勢いで森で遊んでいたら、周りが暗くなって道がわからなくなってしまったルー。でも、お父さんが吹くラッパの音に導かれて何とか家に帰ってくることができた。うちに着いたルーはお父さんのラッパの中に潜り込み、その中で眠ってしまう。次の朝、そんなこととは知らないお父さんがラッパを吹くと、ルーは中から飛び出して、空の彼方へ飛んでいってしまった。飛ばされた先は、雲の上にある子どもの国。そこではみんなが楽しく音楽を演奏していた。ルーはそこで一緒に音楽を楽しんでいるうちに、いつの間にかラッパを上手に吹けるようになっていた。空から戻ってきたルーが、街角でラッパを吹いていると、人が集まってきて、テレビ中継までされてしまう。それを見たお父さんは、ルーがラッパを上手にふけるようになっていることに驚く……という話だったとともぴーは言っているのだけど、どうかなあ? もし、間違っているところがあったら、角笛のみなさん、ごめんなさい。
今日は、こんなふうにともぴーたちが影絵の劇を見に行ったから、影絵の魅力が感じられる絵本を紹介しようと思う。「銀河鉄道の夜 」という絵本だ。黒一色の影絵絵本なら他にもあるけれど、この絵本の挿絵は影絵の第一人者「藤城清治さん」のもの。微妙な色遣いが宮沢賢治の世界とマッチして、とても幻想的に仕上がっている。父親は行方しれず、母親は病気で寝たきりという環境のジョバンニは、学校の時間以外は仕事に追われ、同じ年頃の子どもたちと遊ぶヒマがなかった。そんなジョバンニが、星祭りの夜、無二の親友カンパネルラと共に銀河鉄道に乗り、星の世界を旅する。カンパネルラはジョバンニにとってただ1人の親友。しかし、銀河鉄道は死者のための鉄道だ。それに生きているジョバンニが乗ることのできた意味とは? カンパネルラの死を通して学んだこととは? などなど、テーマが深すぎるから、あまり小さい子どもには理解できないと思う。でも、「世界全体が幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」という賢治の思いを少しくらいなら感じ取れるかもしれない。文章は原作どおりではないので、人によっては違和感を感じるかもしれないけれど、「銀河鉄道の夜」の世界観がよく表現できているすばらしい絵本だとわたしは思っている。藤城清治さんの影絵と、宮沢賢治の世界、両方味わえるお得感いっぱいの素敵な絵本だ。
とにかく、今日の影絵劇はとっても楽しかったようで、「おかあさん、黒いところに色の付いたセロテープが貼ってあるんだよ」などと、興奮気味に教えてくれた(う~ん、セロテープかぁ……それは、色セロファンの間違いじゃないかな?)。幼稚園児のともぴーがちゃんと細かくお話を覚えて来られたってことは、かなりわかりいやすくておもしろかったんだね。「やさしいライオン」の方は、ともぴーももともと知っていたお話。「最後の方、かわいそうで涙が一粒出ちゃったよ」なんて言っていた。何? 一粒だけなの? ずいぶんと涙を節約してしまったともぴーだった。
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