昨日の朝、起きたらまったく声が出なくなっていた。本当にまったく。のどの弱いわたしは、毎年1回や2回は必ず風邪で声が出にくくなるんだけど、こんなに完全に出なくなったのは初めて。2日目の今日もまったく出ない。本当に出なくなってみてわかる、しゃべれることのありがたみ。本当に今回は、聾唖の人たちのつらさが痛いほどよくわかった。
まず昨日は、耳鼻科に症状を書いたメモを持参して行った。いつもかかっている耳鼻科だから、聞かれることはだいたいわかっている。それに、耳鼻科だから、先生も看護婦さんたちも声の出ない患者さんには慣れている。だから、診察を受けに行くこと自体はそれほど問題もなく終わった。調剤薬局もいつものところだから、「あら? 声でなくなっちゃったんですか~?」と言われただけで、すべてジェスチャーで対応できた。でも……お医者さんの後、郵便局ではがきを買うつもりだったんだけど、それはやめることにした。だって、「はがき10枚」と声に出すことができないんだもの。ああいうところで黙ってメモを差し出すと強盗と間違えられかねないもんね(マスクをしていたらなおさら怪しいし)。まあ、それは考え過ぎだったとしても、声を出して注文しなければならないようなところは、声が出るようになるまで我慢しようとあきらめた。そこで、スーパーで買い物くらいは問題なくできるだろう……と近くのショッピングセンターに寄ってみたんだけど……こういう日に限っていつもレジに置かれている「レジ袋いりません」の札がない! エコバッグをあらかじめ手に持ち、スタンプカードを見せつつ、一生懸命ジェスチャーで伝えた。こんなに苦労するんだったら、普通に袋をもらった方が楽だったなあとも思うんだけど、たまたまスタンプを2個くれる日だったから、ちょっと無駄なパワーを使ってしまった。で、ここでやめて帰ればよかったのに、ともぴーに厚手の服を買ってやろうと思って子供服売り場を見に行っちゃったんだよね。そうしたら、知らないおばさんに話しかけられて……わたしはなぜか買い物に行くと必ずと言っていいほど毎回知らないおじさんおばさんに話しかけられ、いろいろな相談を受ける羽目になる……「1歳の孫なんだけど、このくらいのサイズかねぇ」と95センチサイズの服を見せられた。心の中では「いやあ、もうちょっと小さい方がいいんじゃないですか?」って思っているのに、それをうまく伝えられない。結局、これ以上話しかけられても答えられないので、にっこり笑ってうなずきつつその場を後にした。ごめんね、おばちゃんm(_ _)m
そして今日。朝からともぴーの参観があったんだけど、わたしの声は今朝になっても復活しなかった。だから、先生方やよく知っているおかあさんたちにあいさつされたり、話しかけられたりしたんだけど、答えることができず、ものすごく愛想の悪い人と思われたかもしれない。いつも以上に顔の表情と体の動きでアピールしてたんだけどなあ。わかってもらえたかな? 担任の先生にはともぴーが昨日のうちに「ぼくのおかあさん、声が出なくなっちゃったから、質問を振らないでね」と頼んでくれていたらしい。そう言えば、わたしはともぴーが年少のころから、参観の度になにかしら質問に答えさせられてたっけ。そうか……気を遣ってくれてありがとう、ともぴー。
とにかく今回のことで、口で話すことができないということが、どんなに辛いことなのかよくわかった。聾唖の人たちって見た目では健常者と同じなんだもんね。話すことができなくて勘違いされてしまうことが多いんだろうなぁ。答えたくても答えられないだけなのに、愛想が悪いとか、お高く止まっているとか、変な取られ方して困っている人、いるような気がする。手話を使っても、それを理解できるのは、普段から手話を使う必用がある人だけ。一般の人はわからないんだもんね。簡単な言葉だけでも覚えておかないと、話すことのできない人が目の前でピンチに遭ってても、助けてあげることができないなあ。はぁ……。
今回はある意味貴重な体験をしたと思うので、「わたしたち手で話します 」という絵本を紹介したいと思う。この話は声が出ないのではなく、耳の不自由な女の子の話。でも、基本的には、話し言葉では物事を伝えられない、聞こえないから返事ができず意思の疎通に困るという点では同じような気持ちを味わっていると思う。リーザは耳が聞こえないので、周りの子どもたちが話しかけてきてもわからない。だからずっと友だちの輪に入ることができずにいた。でも、ある日、手話を話せる男の子が引っ越してきたことによって、世界が広がり楽しいこともいっぱい増えた。子どもでもよくわかるように、耳の不自由な人の世界が描かれている絵本だ。この絵本は、明るく前向きな内容なんだけど、手話ができる人が少ない以上、聾唖者は意思の疎通に困っていることの方が断然多いんだと思う。健常者とはメモのやりとりでしか会話ができないんだものね。健常者は情報のやりとりを話し言葉に頼る部分が多いから、表情を見て気持ちを理解しようという努力はあまりしてないように思うしね。ちょっと簡単なものだけでも手話を覚えてみようかな? と感じたこの2日の出来事でした。
わたしたち手で話します 
著者:フランツ・ヨーゼフ・ファイニク/ヴェレーナ・バルハウス
あかね書房
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