今から20年前って

 今日は成人の日。ついに平成生まれが成人式を迎えた。「平成になったのはつい最近」と思っていたけど、気がつけば今年は平成21年小渕さんが「平成」という文字を掲げてからの20年はホント激動の20年だったんだね。

 20年前の1989年は、昭和最後の年であり、平成最初の年。当時まだ学生だったわたしは、昭和天皇崩御の日早朝からドーナツ店でバイトをしていた。で、いつも通りのBGMを流し、開店作業をしていたら、右翼のお兄さんに怒鳴り込まれたんだよcrying。「このような日に、けしからんsign03」とすごまれてさ、一日中「し~ん」と静まりかえったお店でドーナツを売ったの、今でもはっきりを覚えている。漫画界の巨匠手塚治虫先生と昭和を代表する歌姫美空ひばりさん、そして経営の神様松下幸之助さんが亡くなったのもこの年。あらゆる意味で昭和が終わった年だったんだね。

 同じ年、バイト先で味わった辛い経験といえば……消費税の導入。実は、わたしがバイトしていた店にはレジが1台しかなかったんだよwobbly。売り場でドーナツを売っている店員は3~5人いるというのに……sweat01。だから、忙しい時間帯は暗算で値段の計算をして、後でまとめてレジ打ちしてたんだ。なのに、3%なんて微妙な金額……とんでもないことになったよ。レジの引き出しに1円玉、5円玉の場所も無かったしね。

 もう1つ、この年の思い出といえば、とんでもない年に「時事問題」の講義を受けていたこと。中国で天安門事件が起こったり、東ドイツのベルリンの壁が崩壊したり、ルーマニアのチャウシェスク政権が崩壊したり……試験前は覚えることだらけでホント苦労したよ。(昔はテストで困ったら「ソ連」と書けばよかったのに、今は国の数が多くて大変だcoldsweats01

 バブルの絶頂期だった20年前、株価は30000円台だった。今は「10000円台を回復した」というだけで大騒ぎなのにねcoldsweats01。でも、翌年1990年にはバブルが崩壊。だから、20年前の1989年は景気のいい日本が終わった年でもあったんだ。さて、20年経った今年=2009年。逆に景気の悪い日本が終わる年になってくれればいいんだけど……。今年の成人たちも、そろそろ転落する日本じゃなく、好転する日本を見たいよね。

魔女の宅急便 [DVD]インディ・ジョーンズ 最後の聖戦 [DVD]

↑20年前に封切られていた作品。

魔女の宅急便」と「インディ・ジョーンズ最後の聖戦

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「天地人」見た?

 今日から今年の大河ドラマ天地人」が始まったね。みなさんは見た? 去年の「篤姫」が終始高視聴率をたたき出していたから、今年のスタッフさんやキャストのみなさんはすごいプレッシャーだろうね。わたし個人の好みとしては、今日の第1話、好印象だったよ。特に、子ども時代の与六を演じている加藤清史郎くん演技が自然でうまい!!(「からだであそぼ」のせいしろうくん、大きくなったんだねぇ……) ともぴーと同じ、2001年生まれなんて信じられないよ。子ども時代の喜平次を演じている溝口琢矢くんは、劇場版の「仮面ライダー電王 俺、誕生」で小太郎を演じていた子だよね。目が印象的で、静の演技が上手な子だと思って見ていたよ。今回の役も、心の動きを表情だけで演じる部分が多いから大変だったと思うけど、うまく演じていたね。第1話の子役が上手話の展開がおもしろかったときは、年間通して高視聴率の場合が多い大河ドラマ。これから先、妻夫木くんや小栗くんみたいな超人気俳優がいっぱい出てくるから、最初がどうであれそれなりに視聴率は上がるんだろうけど、この分ならストーリー展開を期待してもよさそう。

 ところで、今回の主役「直江兼続」という武将はあまりメジャーじゃないよね。名前を聞いただけじゃ、誰の家臣かわかった人、少なかったんじゃないかな? 歴史好きのわたしでも、上杉家の家臣で、カブトに「愛」という文字を掲げている人で、忠義に厚い智将だったということくらいしか知らなかったもの。だからかえって、「篤姫」のときの「小松帯刀」くらい、どんなことをした人なのか知りたいと思うんだよね。決して歴史の教科書には名前が出てこない戦国武将なんだけど、大河の主役になったということは、それだけ劇的な人生を送った人なんでしょ? 毎週楽しみにしていた「篤姫」が終わってしまってちょっと寂しかったんだけど、これから1年、また楽しみができたよ。

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グリコネオンの話

 今朝ともぴーがいきなりグリコネオンの歴史について語り出した。(岐阜在住のわたしたちだけど、わたしの実家が関西にあるため、ともぴーは実際に道頓堀の橋のところにある大きなグリコのネオンを見て知っている)

「お母さん、大阪のグリコネオンshineってさ、今のは5代目なんだよ。知っとった?happy01

「えっ? そうやったん? デザインが変わったのは知っとるけど、5代目なの?(また、急に何を言い出すんだろ、この子はcoldsweats01)」

「1998年に今のデザインになったんだけど、その前はコカコーラと雪印のネオンにはさまれてたんだよhappy01

「ああ、そうやった、そうやった。お母さんが学生のころはコカコーラと雪印のネオンあったわ(それにしても、この子は何でそんな細かいことまで覚えてるんだろうcoldsweats01)」

「じゃあ、その前のはまるくて小さかったっていうの、知ってる?happy01

「えーっ? まるいネオンsign02。知らん、知らんeye

「じゃあ、見せたるわhappy01

 そう言ってともぴーは、グリコネオンの歴史というグリコのHPの中にあるページを見せてくれた。

 → http://www.ezaki-glico.net/neon/history.html

 3代目のネオンは小さく見えるけれど、バックの大きさはほぼ現在の物と同じ。ただ、ランナーのサイズは今の物よりもかなり小さく、それが○で囲まれているから、ともぴーには小さくてまるいネオンのように思えたみたいだ。

 とにかく、最初のグリコネオンができたのがいつで、何年に何代目になったかと言うことを延々と語ってくれたともぴー。その記憶力、もうちょっと他のことで活かしてくれたらいいんだけどなあdelicious

【グリコのセレクションギフト】↓

↑大阪魂を揺さぶる名曲揃い。男が泣けるバラード集。

グリコネオンのジグソーパズル

暗いところで光る畜光タイプのジグソーパズル。

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ちょっと昔の道具たち

 今日は、岐阜市歴史博物館の企画展「ちょっと昔の道具たち」に行ってきたというお話。

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 昭和レトロが大好きなともぴー。1月からずっと「連れてって」とうるさかった。入場料は常設展と共通で大人300円。ともぴーは幼稚園児だからタダ。とっても安上がりで楽しい企画だった。

 入ってすぐのエントランスホールでは、昔の遊びがいろいろと体験できた。竹で作ったゴムでっぽう(四角く切った大根やドングリ、ぬらして丸めた新聞紙などを弾にしたものが3種類)や、たけぼっくりフラフープ石蹴りベーゴマメンコけん玉お手玉だるま落としetc.担当のおじさんおばさん(ともぴーたちから見たら、おじいさんおばあさん世代かな?)に遊び方を教えてもらって楽しく遊んできた。おかげで、ともぴーはゴムでっぽうにはまってしまい、なかなか展示室に入ることができなかったよ。↓

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 でも、なんとか説得して展示室へ。入るとまず、昔の小学校の教室があった。木製2人がけ上のふたが開く昔の机。えんぴつとノートの代わりに使われていた石板石筆。実際に書いてみると、思ったよりも書きやすく消しやすかった。入り口近くには薪ストーブがあり、その周りにはアルミのお弁当箱に入ったお弁当が並べられていた。お弁当を温めるためだそうだ。教室の外にはチャイム代わりの半鐘もあった。

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 次に行ったのが駄菓子屋さん。外には手回しのかき氷機。玉を1つずつ入れて遊ぶパチンコもあった。子どもは店内で1回だけくじを引かせてもらえる。ともぴーは昔のお金と昔の商品、そしてその値段が書かれた「お買い物あそび」というのを賞品としてもらってきた。商店街の中には電気屋さん写真屋さん銭湯などがあり、広場では自転車の紙芝居屋さんが「鉄腕アトム」の紙芝居を読んでくれた。

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 商店街を後にして、今度は庶民の家の中へ蚊帳に入ってみたり、ポンプで水くみをしたり、洗濯板で洗濯をしたり、石臼で大豆を挽いてみたり。そして、わらじや下駄をはいてみたり、蓄音機を動かして音楽を聴いてみたり、鰹節けずりで鰹節を削ってみたり、火打ち石で火をおこしてみたり、昔のはかりを使っていろいろな物の重さを計ってみたり……指導のおじさんおばさんに手取足取り教えてもらいながら、一通り体験してきたともぴー。ちゃぶだいの前の時代、飯台の引き出しに家族それぞれのお茶碗やお箸がしまってあって、食後にはそれをお湯とおつけ物でぬぐってまだ引き出しにしまっていたという話。わたしもともぴーも驚いてしまった。鰹節けずりはわたしの実家でやったことがあったともぴーも、火打ち石の方はなかなか要領を得られず、苦戦していた。

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 博物館というと、「触ってはいけない」「写真を撮ってはいけない」というものが多いような気がするけれど、ココはまったく違う。幼稚園児でも3時間飽きずに(どころか、遊ぶのを切り上げさせたくらい)遊んでこられた。2階の常設展示室、「楽市楽座」のところでは、戦国時代の衣装を無料で着せてもらって写真を撮ることもできるから、ぜひカメラ持参で出かけてみてね。大人だけで行ってもかなり楽しめるよ。「ちょっと昔の道具たち」は3月9日まで。あと1週間で終わってしまうから、急いで見に行ってみてね。

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ともぴーの自由研究

 ともぴーは幼稚園の年長さん。なのに、歴史が大好き。特に近現代史。と言ってもそう難しいものじゃない。食べ物や電化製品といった生活用品の歴史や、マンガやアニメ、はやった音楽など大衆文化史みたいなのが中心。だから、以前にも書いたけど、長期休みには「何か歴史がわかるところに連れて行って」とうるさい。そんなともぴーが、去年の夏休み、「グリコピア神戸」で復刻ミニグリコ(アソート)(昔のデザインの箱に入ったグリコやアーモンドグリコがプラスティックケースに20箱も入っている)を買ってきた。

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復刻版グリコミニアソート icon

  それは一応いとこたちへのおみやげだったのだけど、10種類の箱を一通り手に入れるべくきちんと根回しして、回収していた。いったいどうするつもりなんだろう……と放っておいたら、今度はチョコボールの復刻版を買い、それをきっかけに全種類の箱を集め始めた……残念ながら金のエンゼルも銀のエンゼルも出なかったんだけど。あんまり箱ばかりいっぱいため込んでいるから、わたしも先日とうとう「もう、箱集めはいい加減にしなさいよ!」と言ってしまった。すると、「これでお菓子の歴史図鑑を作るんだよ」というお返事。箱を平面になるように開く方法を教えてやると、ともぴーは次々と箱の開きを作っていった。そして、それらをノートに貼り付けると、そのまわりに、○○年~××年のデザインだとか、このパッケージにはこんな特徴があるとか、この時代にはこんな事が流行っていたとかいろいろとコメントを書いていった。例えばグリコの最初のページには「グリコ(たいしょう11ねん)1922年~1928年 このころのひとはかおがこわい。このころかんとうだいしんさいがおきた」などと書かれている。復刻版のチョコボールの箱が貼られているページには「チョコボール(しょうわ49ねん)チョコボールとうじょうは1967年(しょうわ42年)。ピーナッツははじめからあった。さいしょは30円。キャラメルがでてきたのは1973(しょうわ48)年10月。このパッケージは1974年(しょうわ49年)にかいりょうされたもの。うえのくちばしだけをおこすパッケージになって、いまもつづいている。いまのキャラメルはつぎのページ↓」と書かれていた(書き順は怪しいけど、年と円は漢字で書いてあった)。ハハハ……マニアックな情報だなあ。でも、おもしろかったから、「いいのができたね」とほめておいた。すると、「次は何の箱を集めようかな……」なんて言い出すともぴー。これを口実に何かを買わせようっていうのはダメだよ!

 ともぴーがノートにキャラメルやチョコの箱を貼って、そこに昔の出来事とかを書いていたから、絵本もキャラメルが出てくるもので、おばあちゃんが昔の出来事を孫に語る話にしよう。「キャラメルの木 」という絵本だ。小学1年生のしんのすけは、夏休み、お腹の大きなお母さんから離れて、1人おばあちゃんの家に泊まりに来ていた。ところが、その晩しんのすけはおねしょをしてしまう。叱られるのを覚悟でそのことを正直に言ったしんのすけ。でも、おばあちゃんは叱るどころか、正直に話したことをほめてくれた。そして、おばあちゃんは、自分が戦争中に病気で寝ていた弟についてしまったたった1つのウソについて語り始めた。戦時中=あらゆるものが不足していた時代。キャラメルが大好きな弟に食べさせてやりたくても、手に入れることができなかった。そこで、おばあちゃんは今にも死にそうな弟をはげますつもりで「庭の木にもうすぐキャラメルがたくさんなるよ」と言ってしまう。するとその晩、弟はその言葉を信じたまま死んでしまった。戦後60年も経つというのに、おばあちゃんの心をずっと悩ませ続ける小さな悲しいウソだった。やがて秋になり、しんのすけに妹が生まれると、それと入れ替わりにおばあちゃんは倒れ、入院してしまう。小さいながらもおばあちゃんの苦しい気持ちを察したしんのすけは、「キャラメルの木」を手に病室を見舞った。「おばあちゃん、うそじゃなかったよ!」と。かわいらしいタイトルからは想像もつかないような中身の濃いお話だ。

 ともぴーは、「昔は、キャラメルもチョコレートもお薬だったんだよ」と言っている。「だったら、一度にいっぱい食べたらダメだってこともわかるよね」と言ったら、「うん、鼻血がでちゃうんでしょ」だって。どうしてお薬の代わりになっていたのかまでは、まだわからないかな?

キャラメルの木

作:上条さなえ 絵:小泉るみ子

講談社

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のりものの歴史がわかるところ

 ともぴーは、おじいちゃんたちに「どんなところに行きたい?」と聞かれると、よく「歴史がわかるところ」と答える。何時代がいいのか聞いてみると「昭和とか大正とか明治とか……」なんて言う。この夏休みもそんなことを言っていたから、今日は弟が「じゃあ、おじちゃんが大好きなところに行こう」と、大阪市港区(JR大阪環状線弁天町駅前)の「交通科学博物館」へ連れて行ってくれた。わたしはずっと「あそこには鉄道しか置かれていない」と思っていたのだけど、実際行ってみると交通機関全般の博物館。鉄道だけでなく、船や飛行機、自動車も展示されていた。弟は子どものころから鉄道や車など乗り物が大好きだったから、博物館の展示物のことをよく知っていて、見ながらいろいろな事を教えてくれた。運転シミュレーターで電車を運転したり、新幹線や他の電車の運転台に乗ったり、80分の1スケールの鉄道模型が何台も同時に大きなジオラマの中を走り回るパノラマ室を見学したり、信号やポイントの切り替えを体験したり……と子どもにとっては楽しいことばかり。そんな中で、ともぴーは「車両によって車輪の大きさや形が違っていること」「新幹線は線路の幅が違うこと」「船が掲げている旗は国旗ではなく、それぞれ意味のあるサインになっていたこと」などを知って驚いていた。お茶とお弁当持参でほぼ半日過ごせる楽しい場所というのがわたしの印象。電車で行っても駅を下りてすぐの場所にあるから、子どもが「どこか連れてって」とうるさいときには、お茶とお弁当持参で行ってみるといいと思う。

 さて、今日は「交通科学博物館」で、「のりもの絵本の世界」というイベントも開かれていた。たくさんののりものに関する絵本が展示されていたから、今日はその中にあった一冊、交通博物館へ送られた蒸気機関車が出てくる絵本を紹介しようと思う。わたしが子どものころに読んだ懐かしい絵本「きかんしゃやえもん 」というお話だ。やえもんはおじいさんの蒸気機関車。「おれだってしゃあ、わかいころにはしゃあ……」と昔の事を自慢するものの、最近では誰も相手にしてくれない。それでこのところ「ぷっすん、ぷっすん」と機嫌が悪い。ある日、やえもんがお弁当の石炭を食べていると、新型の電気機関車がやえもんのことをバカにしながら通り過ぎていった。怒ったやえもんが「しゃっしゃっしゃくだ、しゃくだ、しゃくだ」と火の粉をまき散らしながら走り出す。すると、その火の粉が線路脇に積み上げられていたわらに飛び散って火事になってしまった。大変な失敗をしてしまったやえもん。古かったこともあり、くず鉄として処分されることになった。落ち込むやえもん。ところが、そんなやえもんに救いの手がさしのべられた。交通博物館の人が譲ってほしいと申し出てくれたのだ。子ども心にハラハラドキドキさせられたこのお話。やえもんのモデルは国産の第1号蒸気機関車。昨年閉館になった東京の交通博物館に長年にわたって展示されていた。交通博物館は、今年の10月14日(鉄道の日)、さいたま市の大宮に「鉄道博物館」として開館するという話だけど、やえもんのモデルもくず鉄にならず、そっちに移動してくれるといいなあ。今日行った「交通科学博物館」に展示されていたたくさんの車両も、かつては実際に線路の上を走っていたもの。そんな彼らが現役を退いた今も、たくさんの子どもたちを楽しませてくれている。そのことを彼らがやえもん同様喜んでくれていたらわたしもうれしいんだけど、中には「線路の上で死ねたら本望」なんて言っていたやつもいたりするのかな?

きかんしゃやえもん

作:阿川弘之 絵:岡部冬彦

岩波書店

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テレビがいっぱい

 今日は、京阪の西三荘駅から徒歩3分ほどのところにある「松下電器歴史館」というところに行ってきた。いつものことながら、古い物が大好きなともぴーが「昔の物が見られるところに行きたい」と言ったからだ。松下電器の系列会社が立ち並ぶ広大な敷地の中に歴史館がある。入場は無料。20名以上の団体でない限り予約の必要もない。子供の長期休みの時など、気軽に連れて行くことができるおすすめの社会見学施設だ。

 受付で名前と人数を記入したら、順路に沿って自由に見学できる。松下幸之助さんの偉大な功績やすばらしい考え方を学びつつ、家電の変遷をおもしろく見てきた。昔のラジオやテレビ、洗濯機、冷蔵庫など、おじいちゃんおばあちゃんには懐かしいものばかり。ともぴーにとっては、写真でしか見たことのないような不思議な代物だったけどね。でも、さすがに古いの好きのともぴー。1960年以降のテレビCMをたくさん見られるコーナーが特に気に入ったようで、そこからはなかなか動こうとしなかった。最後のマルチメディアコーナーには松下幸之助氏関連のクイズを出す機械もあり、それにきちんと正解できたら無料で記念のプリクラを撮ることができる。ちゃんと見学して来れば分かる程度の問題だったので、記念にともぴーと並んで撮ってきた。でも、入館者を見てみると、外国からの研修生らしい人と、スーツを着たどこかの企業の人かな? という人ばかり。せっかく春休み用に「テレビのあゆみを学ぼう・第3弾」というキッズスクールを開催していたのにもったいない。駅のすぐ近くだし無料なのだから、もうちょっと小学生にも見学に行ってもらいたいなあ。

 今日は国産第一号の白黒テレビから最新のプラズマテレビまでたくさんのテレビを見てきたので、「テレビくんにきをつけて 」という絵本を紹介しようと思う。この絵本に出てくるテレビくんは、いい加減ででたらめな知識ばかりを最もらしくひけらかす、とんでもないテレビなのだ。「黄色のクレヨンは卵でできている」とか、「イチゴのブツブツはごま」だとか、「船は英語でヒップという」とか、嘘ばかり言うから、真に受けてはいけない。あんまり小さい子に読んであげると、そのまま信じてしまうから、「うそだ~!」とつっこみを入れられるくらいの子と読むといいと思う。五味太郎さんの作品だから、もしかしたら、「テレビで言っていることを鵜呑みにばかりしていてはいけない」という風刺なのかもしれない。そう思うと、かわいい絵柄の割に奥深い絵本に感じられてしまった。

 今日、たくさんのテレビを見て、「昔は家具調テレビなんて言うのがあったなあ」と懐かしく思い出した。小さい頃、友達の家で仏壇かと思ったら扉の向こうにあったのはテレビ……なんてことがあったっけ。学校のテレビにもそういえば扉が付いていた。今、プラズマテレビを見ると「高くて手が出ない」と思うけど、昔のテレビの値段はおそらくそれ以上の価値だったはず。昔のお父さんはずいぶん無理してテレビを買っていたんだろうなあ、冷蔵庫も、洗濯機も高かったのに、どうやって買いそろえたんだろう……と不思議に思えてしまった。

テレビくんにきをつけて

著者:五味太郎  偕成社

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戦国武将に変身

 今日は、ともぴーたっての希望で岐阜市歴史博物館に行ってきた。5歳児が歴史博物館に行きたがるなんて……と思うだろうけど、つい先日は「ずかん百科ビジュアル日本の歴史」というものを買ってくれと頼まれた。「日本の歴史」などという難しそうなタイトルがついているものの、授業に出てくるような歴史以外にも、電話や消防車、お菓子、マンガ、アニメなど、身の回りの物の歴史についても詳しく書かれていてかなりおもしろい。これはわたしも欲しくなって買ってきた。

ビジュアル 日本の歴史 Book ビジュアル 日本の歴史

販売元:学習研究社
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 正直、しばらくは本棚の肥やしになるんだろうな……と思っていた。ところが、これがしょっちゅう引っぱり出してきては眺めている。そのうち「昔の物を見られるところに連れて行け」と言うようになってきた。車で行けるような距離に「明治村」や「日本昭和村」もあるのだけど、冬場は寒いしちょっと遠い。近場で入場料も安い「岐阜市歴史博物館」がいいだろうということになったのだった。

 場所は8月の終わりに行った「名和昆虫博物館」のお隣り。岐阜公園の中にある。ともぴーのお目当ては常設展示だったけど、1階で「道三から信長へ」という特別展をやっていたのでそちらの方もついでに見てきた。4つのクイズに答えながら回っていくと、出口で絵はがきをもらうことができる。展示物には手紙などの巻物が多く、ともぴーには退屈かなと思ったけれど、意外と真剣に見てくれていた。続いて2階の常設展示場へ。ホームページで予習済みのともぴーのお目当ては体験コーナー。土器に縄文などの模様を付けたり、戦国時代の衣装を身につけたりしてきた。ともぴーが着させてもらったのは戦国武将の甲冑。たまたま行った時に予約をしている人がいなかったので、すぐに着させてもらえた。ただ、子供用といっても130㎝サイズの甲冑。幼稚園児にはちょっと重すぎるということで、大袖だけは付けずに体験。「重い~」とうなっていたけれど、カメラを向けるとポーズを取って踏ん張っていた。自前のカメラで着付け中から撮影させてもらえるし、かかる費用は無料。大人用の衣装も各種あるから、もし着てみたい人は行ってみたらどうだろう。わたしはカメラマンに徹していたけれど。

 今日はこんな具合に歴史の世界で遊んできたから、遊びながら歴史を感じ取れる絵本を紹介しようと思う。「時の迷路―恐竜時代から江戸時代まで 」という絵本だ。これは、迷路と隠し絵、クイズ満載の歴史絵本だ。時代を旅する感覚で楽しんでもらいたい。現代から恐竜時代に行き、そこから順番に歴史の迷路を駆け抜ける。そして、それぞれの時代に隠されたなぞを解き、トケイ石を集めて現代に戻ってくるのだ。あまり歴史に関心のない人でも、興味をもつきっかけの一冊となるかもしれない絵本だ。

 そこそこ満足したように見えるともぴーだったけれど、見学を終えた直後は「あれ? 昭和は? 平成は?」と言っていた。ともぴーにとっては、私たちが生まれた後の昭和後半や平成も歴史であるらしい。う~ん、そこまでを歴史として扱っている博物館なんてないよね。やっぱり次は「日本昭和村」かな?

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著者:香川 元太郎
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受験のためだけ?

 「履修漏れで卒業できない高校3年生が出そうだ」という事件が発覚した。今日の時点で、履修漏れが発覚した高校の数は400校、生徒の数は80000人にも及んでいるという話。400校のほとんどが地方の公立高校らしい。学校側が受験に必要な科目だけにしぼって履修させようとしたためにこのようなことになったという。進学実績をよくしようと考えたのだろうけど、学校だけの責任とも言い切れない部分がある。たぶん、進学校に通っている子やその親たちの中には、少なからず「受験に必要ない科目は勉強してもムダ」と思っている人がいて、学校側にプレッシャーをかけていたはずだからだ。勉強を大学受験のためだけにしているとしたら、そうなるのもムリはない。でも、勉強って受験のためだけにするものなんだろうか?

 わたしも一応、名古屋では進学校と言わている公立高校に通っていた。でも、その高校では、2年時に理科4科目のうち3科目を選択、社会は日本史、世界史、地理全部を勉強させられた(現在はわからないけどね。昔はそうだった)。定期試験の時は、本当に覚えることが多くて大変だったけど、重要な部分とそうではない部分を見分ける力は付いたと思う。3年生になる時点でやっと理科、社会科は2科目ずつに減ったけれど、内容的にはほとんど勉強し終わっていたはずだからね。2科目くらいなら勉強できるだろ! とわたしは思ってしまう。わたしが大学受験をしたのはセンター試験になる前の時代、共通一次試験と言われていたころだけど、その歴史の中でも最も科目数の多い年だった。授業を受けていた頃は、なんでこんなにしなければいけないの? と思っていたけれど、後で勉強しておいてよかったと思った。わたしの場合、現役では理系で受験したけれど、浪人中に文系に変わったからね。高校で勉強したことが、直接今の生活の役に立っているかどうかは疑問だけれど、受験のためにだけ勉強したことは頭から抜けるのが早い。それだけは間違いないと思う。

 今回の騒ぎ、歴史科目の履修漏れがほとんどのようだから、歴史にまつわる絵本を紹介しようと思う。「せいめいのれきし―地球上にせいめいがうまれたときからいままでのおはなし 」という絵本。太陽が生まれ、地球が生まれ、生命が地球上に生まれ、人間が生まれ……そうして今までいろいろな物が生まれてきた。生命のつながり、それぞれの誕生を見つめてきた時間の流れを感じさせてくれる絵本だ。小さな子には字が多く少々難しいかもしれないけれど、生物の歴史、地球の歴史、時間の流れなど、いろいろなものに興味を持つきっかけになりうる。時代をそれぞれ一幕一幕の舞台として描き、舞台の袖でナレーターが語りを入れている。科学の情報としては古く、現在知られているものとは合わないところもあるけれど、そのことを差し引いてもぜひ見てもらいたい素敵な絵本だ。

 歴史科目は確かに覚えることが多い。どちらか一方にしぼった方が受験対策としては効率的だ。だから、学校によっては、何年も前から同じカリキュラムで卒業生を出していた可能性がある。もしそうだとしたら、今年の3年生だけにしわ寄せがくるというのはかわいそうな話だけど、だからといって、特例措置を取るのはまずいんじゃないだろうか。全国にはまともに2科目履修している高校生がたくさんいるわけだから。

せいめいのれきし―地球上にせいめいがうまれたときからいままでのおはなし Book せいめいのれきし―地球上にせいめいがうまれたときからいままでのおはなし

著者:バージニア・リー・バートン,いしい ももこ
販売元:岩波書店
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